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ブータンの歴史 

 

 

ブータンは古来から様々な名前で呼ばれてきました。

 

 Lho Mon Khazhi ー「南にある4つの入り口または口を持つモンの国」、Lho Tsheden Jong ー「南にある白檀の谷」、Lho Men Jong ー「南にある薬草の国」、 Lho Jong ー「南の谷」、そして Lho Yul ー「南の地」などです。

 

 Lhoというのは「南」という意味です。ブータンはヒマラヤ山脈の南側に位置するので全ての昔の呼称の頭にはこの言葉がつけられていました。

 ブータンという名称はサンスクリット語のBhu-Utan(高地)に由来します。

 

 1616年に高僧Zhabdrung Ngawang Namgyelがチベットからやってきてからこの国はDruk Yul、龍の国として知られるようになりました。チベットの王ソンツェンガンポは7世紀にブータンを伝え、パロのキチュ・ラカン、ブムタンのジャンバ・ラカンなどの寺院を建てました。その後もグルリンポチェやチベットの偉大な聖人Zhabdrung Ngawang Namgyelなどによってブータンに仏教は広まっていきました。

 

 ブータンは17世紀にンガワン・ナムゲルによって初めて統一されました。彼は力を結集しチベットからの侵入を3回撃退し、行政、宗教と両方の指導者となりました。彼はまた法律と秩序を整備し、政治、宗教の体制を作り上げました。彼に死後、その体制は崩壊しブータンは内戦と抗争の時代に入ります。この抗争は1907年12月17日にウゲン・ワンチュクが最初の世襲制国王の地位に就くまで続きました。2008年に国民の安全と権利をさらに守るために憲法が発布されブータンは立憲民主国家となりました。同じ年に現在の国王であるシゲミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王が即位しました。

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